2017年5月26日金曜日

1947年9月19日 江戸川堤防爆破!【カスリーン台風大洪水】

爆破された江戸川土手(利根川上流河川事務所 WEBより)

ワタクシ達が日頃から親しんでいる江戸川の堤防ですが・・・過去に一度、爆破されたことがあったそうでw(*゚o゚*)w

下の航空写真(国土地理院 1947)を見ますと、ちょうど埼玉東京都県境のトコロで堤防が切れておりまして、これが爆破による堤防掘削の跡なんですよね^^;

爆破箇所の位置(国土地理院1947)ランドマークは当ブログで記載

青円の部分の江戸川土手が切れています(同上)
といっても事件事故でなく、災害対応の避けようもない処置としてですが・・・それにしても市街地で爆破で堤防を破るという処置はすさまじい^^;
それをしなきゃいけない緊急性があったわけなんですね。

この対応を行ったのが、昭和22年のカスリーン台風に伴う関東大水害。
江戸川堤防爆破を行ったのは、敗戦による占領中であったためGHQ配下米騎兵第一師団技術中隊100名だったそうでございます。

史上まれにみる大水害であったため様々な記録が残されているのですが、江戸川土手爆破に焦点を絞って時系列に整理しますと・・・

【1947年(昭和22年)】
9月16日 00:20 栗橋周辺で利根川堤防決壊
9月16日中 春日部付近まで洪水到達
9月17日中 松伏付近まで洪水到達
9月18日中 現三郷市全域浸水、桜堤(水元公園外縁道路)まで洪水到達
9月18日中 区部への浸水を避けるため江戸川堤防破壊準備
9月19日 02:20 桜堤決壊、洪水葛飾&江戸川区へ流入
9月19日 03:30~ 江戸川堤防ダイナマイトで18本で爆破、さらに人力削掘も実施
9月20日 08:00 洪水江戸川へ流出へ

はるか上流の栗橋周辺での堤防決壊が、3日後には現三郷市まで到達し、4日目に江戸川堤防爆破に至るわけです。

カスリーン台風での浸水エリア(内閣府 防災情報のページから)

都知事の要請により、米軍がダイナマイト18本を使って堤防爆破を試みるのですが、さすがに江戸川堤防は強固で、最終的には松戸市の千葉農専学生約150名(今の千葉大園芸学部)と消防団員50名がスコップによる人力で堤防を掘削したそうでございます。

利根川上流河川事務所 WEBより

残念なことに堤防破壊準備中に桜堤は決壊し、その後20日間、葛飾・江戸川区も水に浸かってしまったそうですが、この処置がなければさらに浸水期間は長くなってしまったと思われます。

このブログでも触れた利根川東遷・荒川西遷(→江戸川奇譚)の時代から現代まで、
実はこのエリアで一番治水が難しいのが江戸川と中川に挟まれたエリアのようでして、
地下の大宮殿と言われる中川放水路を始めとして、現在も様々な努力が続けられているのですよね。


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