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2017年10月17日火曜日

江戸川に今でも『船着き場』があるのですね^^;【流山橋付近と葛飾橋付近】

江戸川の水運が廃れてはや100年^^;

船が通らないのですから、もはや江戸川に【船着き場】なんてものはないだろう(河口の港を除けば)と勝手に思ってたんですが・・・・
あるんですねっ!(*´∀`*)

昔は開運も賑わってた様でして/川蒸気往復繁栄真景図 『馬込と大田区の歴史を保存する会』ホームページから


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2017年8月30日水曜日

2つの橋の違いは何だ??(*´∀`*)【流山橋と江戸川鉄橋】

相変わらず変なことを時々思いつくお馬鹿なワタクシですが・・・

先日、埼玉から武蔵野線で帰ってきまして江戸川を渡りながら(車窓には流山橋が見えます)フト思ったことが・・・
流山橋と武蔵野線江戸川鉄橋

なんで武蔵野線の橋は鉄橋(枠あり)で、流山橋には枠が付いてないんだ??



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2017年8月3日木曜日

松戸で汲んで流山でキレイにする(・・?【北千葉広域水道企業団】

暑っい季節でございます^^;ワタクシなんぞ毎日のように”麦茶ゴクゴク(←時々泡のたつのも^^;)”してるのですが、そうなると気になるのが『水』^^;

流山と柏は市水道局(部)、松戸はエリアによって県営と市営の水道が振り分けられてるんですが、基本的に市営の水道は『井戸水』と思われてる方(過去は皆そうだった)も多いのではと^^;(県営は江戸川の水)

ところが・・・近年は3市の市営の水道の方にも【江戸川の水】が使われてるそうでして、
それを担ってるのが【北千葉広域水道企業団】という団体だそうでございます

それぞれの市において事情は細かくは異なると思いますが、雑に言えば3市とも市営の水道には過去において地下から汲み上げた井戸水を水道に使用していたそうで、これが東京に比べると”水の美味しい一因”だったそうでございます^^;

ところが地下水組み上げには規制があり、さらに施設が古くなるにつれて井戸毎の取水量も減ってくる・・・さらに需要はどんどん伸びる・・・といった中で安定した水の供給を狙って作られたのが1県7市で作られた【北千葉広域水道企業団】で、柏・流山・松戸ではそれぞれの市(浄水場)が汲んだ地下水に、この水道企業団の江戸川の水を混ぜて(足らない分を補って)配水してるそうでございます。

つまり現在においては3市とも『地下水と江戸川の水のブレンド水=市営水道の水』ってことですね^^;
北千葉広域水道企業団配布PDFから抜粋

で・・・この【北千葉広域水道企業団】のシステムの変なトコが、
何故か下流の松戸市の取水場(七右衛門新田)で汲んで流山市の浄水施設(桐ヶ谷字和田)で浄水してるんですよね^^;

シロウト目に見ると、流山市の浄水施設の横に江戸川が流れてるのに、なんでわざわざ5km下流の松戸市で取水してるのか謎でございます^^;(七右衛門新田のちょっと上流、埼玉側に大場川の排水機場があるから流山で取水したほうが多少キレイなんではと思う?)

この辺は、軽く調べてもわからず・・・もしかしたら合理的な理由があるのかもしれませんし、もしかしたら設立時施設の振り分けで”大人の事情”が働いたのかもしれず・・・今はただ『謎』ってことで置いておきます^^;

松戸市 北千葉取水場/北千葉広域水道企業団WEBから

流山市 北千葉浄水場/北千葉広域水道企業団WEBから

2014年からは『高度浄水処理』というのを行っており、より美味しくなっているそうですが、”やっぱり上水道は井戸水のほうがいいなぁ”と個人的には思う次第です^^;

もしかして市営水道の方で”時々水道の味が変わるよ!”という方がいたら、それは必要に応じてブレンド比率を変えられてるのかもしれませんね^^;
推測ですが、上記のような理由で同じ市内でも水道の味は様々な気がします^^;


PS.ワタクシの住んでるトコは、本来県営水道(江戸川の水)のエリアですが、何故か時々水が美味しい時がある^^;


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2017年7月29日土曜日

江戸川開削で村域を分けられた村々【吉川市内の一部も元流山市域^^;】

あいかわらず江戸川関係のネタが好きで、暇があると古い地図なんぞ見つけてニヤニヤしてる気持ち悪いワタクシですが、今回は野田市立図書館所蔵の『下総国輿地全図/1849年(幕末期)』をみて見つけたお話し^^;

下総国輿地全図/野田市立図書館Webから

現在の流山市域あたりを見て、ムムム!と思ったのが
江戸川を挟んで同じ地名が結構見られるんですよね^^;

下総国輿地全図の現流山市域アップ

「南」「上新宿」「小屋」・・・「深井」と江戸川を挟んで仲良く両側に並んでるわけです^^;(支村扱い/一部は新川さえ挟んでる)

このブログでも以前「江戸川奇譚」ってシリーズを書いて、現流山市の下花輪交差点あたりまでの江戸川は舟の通りを良くするため人が掘った人工河川であることは承知してたんですが、ここまで同じ地名が分割して載ってる地図を見ると”やっぱり人工河川だったんだなぁ”と思うとともに、江戸川(庄内古川/太日川)の流れが変えられた後も[基本は同じ集落内]ですから頻繁に行き行きしてたんだろうなと思うわけです^^;

ちなみに現在この江戸川の西側は埼玉県吉川市!
んで・・・だとしたら”今でも吉川市現流山市由来の地名結構あるんでは??”と思って見たらあるわあるわ^^;

まず【三輪野江】という大字(元は村)^^;これなんか三輪野山と明らかに対応した地名ですし、【半割】なんていう”分割されたことをイメージさせる名前の”字”もある^^;
さらに【深井新田】なんてモロに流山由来の地名が残ってる場所もあるんですね^^;

少なくとも江戸後期(1849)においては下総国輿地全図に記されてるように現流山市となる村々の飛び地扱い(武蔵国でなく下総国)だったようですし、このエリアの庄内古川(江戸川の元になった川=国境 / 現在の江戸川より少し西を流れてた)も大正期まではカタチが残ってたですので「どの時期に埼玉に編入されたんだろ??/恐らく明治20年代?/松戸の外河原村と同じく江戸川改良で河川敷にされた?」と調べようとしたところで時間が尽きて、続きはまた気が向いたらと相成りました^^;

飛び地とはまったく関係ないと思われますが「下総国輿地全図」を見ると
”加”だけが【加邑】って記されてるんですよね^^;特別な格式でも村落にあったのかしらん??

※”邑”ってのは、中国式にカッコつけた村の呼び方^^;

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2017年6月21日水曜日

三郷の周りに壁がある!?【3方向8橋3道路の接合点】

以前『松戸の西に壁がある【もう1本ぐらい橋がほしい】』ってエントリーを載せまして、江戸川に橋が少ないことを嘆いていたのですが…

それを読んだ三郷在住の方から
そんなコト言ったら、三郷は全方位に壁だよっ!数えてみ!!
ってご意見を戴いたのを思い出したので、数えてみること・・・^^;


なるほど・・・三郷を改めて地図で眺めてみますと東西南3方向は全て河(小合溜も入れて)^^;
更に武蔵野線と中川放水路が横切っていて、これも街を分断する要素になってるんですね^^;

で・・・・さっそく数えてみますと、まず東西南3方向に掛かる橋ですが・・・
8橋(八潮の瀬止橋含む)+3道路(水元公園を縦断する道路)しかない^^;
「あわせて11ヶ所もあるならいいじゃん^^;」って一瞬思ったんですが、3方向なんで1方向に平均すると3箇所ちょっと・・・・^^;これは少ない^^;

更に・・・武蔵野線を越えられる箇所を数えると・・・・
大小合わせて7箇所!!(高速道路を除く一般道のみで)
市を南北に分断する中川放水路の橋も数えますと大小9橋!

こうやって数えると三郷市民13万5千人が東西南3方向では11箇所の橋&道路でしか隣町と繋がっておらず、しかも武蔵野線7箇所、中川放水路9箇所しかない接合点を残し分断されてるんですね^^;

改めて数えると、この数では”そりゃ道路も混むわな・・・”ってちょっと納得^^;←オイ

TX開通に絡む開発とかで、市内の一部道路はうらやましいほど立派になってきてますが、市外に繋がる道路数は変化してないんですものね^^;

地理的条件の問題なんでなんともしがたい部分もありますが、埼玉・千葉・東京の県都ががんばって、もうちょっといっぱい繋げて欲しいと切に願うのであります^^;

水辺に囲まれてるからキレイなんですけどね^^;

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